2010年05月28日
琢治生誕日/ノーベル賞の風(2010/05/28)
潮ノ岬から太平洋を展望す
今日は小川琢治の生誕日。
「小川小雪と結婚(のときと思われる)」(2009.12月市民会館での展示会にて)

手短に湯川の『旅人』から、琢治が潮ノ岬で作った漢詩を引用したい。
確かに岬から見る太平洋は、湾曲してましたね。地球の丸さを感じました。
こうして琢治は、濃尾地震の発生した1891年、21歳のとき、熊野古道(湯ノ峯温泉、瀞八丁、潮ノ岬)を旅し、地質学を志す。
「潮ノ岬から太平洋を展望しては、漢詩も作った。漢学の素養は幼い時から深かった父である。
大潮奔ち去悠々 (たいちょう、走り去って悠々)
海南極端百尺楼 (海南の極端、百尺の楼)
一望直南三万里 (一望すれば直南三万里)
浮雲尽処是濠洲 (浮雲の尽く所、これオーストラリア)
この旅行中に、父の心は決まったらしい。濃尾の震災と、紀州の山河、その海岸の複雑さが、父の研究心を目覚めさせた。」
この漢詩の碑は、潮ノ岬にあるのでしょうか。ご存じの方教えて下さい。
なければ建てたいですね。
今日は小川琢治の生誕日。
「小川小雪と結婚(のときと思われる)」(2009.12月市民会館での展示会にて)
手短に湯川の『旅人』から、琢治が潮ノ岬で作った漢詩を引用したい。
確かに岬から見る太平洋は、湾曲してましたね。地球の丸さを感じました。
こうして琢治は、濃尾地震の発生した1891年、21歳のとき、熊野古道(湯ノ峯温泉、瀞八丁、潮ノ岬)を旅し、地質学を志す。
「潮ノ岬から太平洋を展望しては、漢詩も作った。漢学の素養は幼い時から深かった父である。
大潮奔ち去悠々 (たいちょう、走り去って悠々)
海南極端百尺楼 (海南の極端、百尺の楼)
一望直南三万里 (一望すれば直南三万里)
浮雲尽処是濠洲 (浮雲の尽く所、これオーストラリア)
この旅行中に、父の心は決まったらしい。濃尾の震災と、紀州の山河、その海岸の複雑さが、父の研究心を目覚めさせた。」
この漢詩の碑は、潮ノ岬にあるのでしょうか。ご存じの方教えて下さい。
なければ建てたいですね。
Posted by のりひろ at 08:25│Comments(0)
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