2010年06月12日
和中校友会誌/ノーベル賞の風(2010/06/12)
小川琢治博士の京大教授時代の和歌山とのかかわり
5月22日、28日にお伝えしたように今年は琢治の生誕140年です。
琢治が和歌山を離れ、東大へ行き、小雪と結婚。京大教授となって小川家、浅井家親御さんたちと京都に住むようになって、和歌山との関わりがなくなって寂しく思っていました。
ところが調査すると、琢治は和歌山中学の機関紙「校友会誌」に記事を書いていることが分かりました。

1930年、琢治60歳のことです。秀樹が23歳でまだ結婚前です。実はもう手元にあるのですが、内容は後日のお楽しみということで。
5月22日、28日にお伝えしたように今年は琢治の生誕140年です。
琢治が和歌山を離れ、東大へ行き、小雪と結婚。京大教授となって小川家、浅井家親御さんたちと京都に住むようになって、和歌山との関わりがなくなって寂しく思っていました。

ところが調査すると、琢治は和歌山中学の機関紙「校友会誌」に記事を書いていることが分かりました。


1930年、琢治60歳のことです。秀樹が23歳でまだ結婚前です。実はもう手元にあるのですが、内容は後日のお楽しみということで。

Posted by のりひろ at 22:43│Comments(0)
│報告・発見・お知らせ